森を整備する人


森に苗木を植えてから15年から20年くらい経ち、木々が成長してくると、森の中が混み合い隣どうしで枝葉が重なりあうことが多くなります。


そうすると木の根元には光が入らなくなり、枝・葉を広げることは難しくなり、お互いに成長を阻害してしまいます。


そうならないために、一部の木を抜き伐る作業を行っていきます。そういった作業を行っていくことで、木々は枝葉をのびのび広げられるようになっていきます。


多くの光が降り注ぎ、多様性のある生き物の庭へ―、


それこそが、木々もすくすく成長していける、健やかな森の、あるべきひとつの姿です。


このように、木々の一部を抜き伐る間引き作業を「間伐(かんばつ)」といいます。「間伐」は健全な木を育て、森林を強く、しなやかにします。

 

間伐を行うことにより、残った木は幹が太り、しっかりと枝葉を伸ばしていくのです。そして、結果、天災にも強い健全な森になっていきます。

 

間伐を行わないと、光が入らず、下枝が枯れモヤシ状になってしまい、自然災害(雨や雪)の影響を受けやすくなり、私たちの住むまちにも重大な被害を及ぼすようになります。

 

そして、この「間伐」を行い、森を守ってくれているのが、「林業家」なのです。

きとぷらすは、枕、サシェ、木の壁など、『木』のデザインに取り組み、日本の安心安全な木を日常生活に取り入れることを目指します
きとぷらすは、枕、サシェ、木の壁など、『木』のデザインに取り組み、日本の安心安全な木を日常生活に取り入れることを目指します
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日本の森の歴史と林業

 

昭和20年~30年、日本では戦後の復興のため、木材需要が急増し、木材が不足し、高騰を続けていました。

そして、高度経済成長下で建築用材の需要が増大する中、天然林を人工林に転換する「拡大造林」が進められ、特に成長が早いスギ、ヒノキ等の針葉樹を中心に植林が行われてきました。

さらに、里山の雑木林などを伐採し、代わりにスギやヒノキ、アカマツ等の成長が早く、経済的に価値の高い針葉樹の人工林を進めてきました。

 

昭和30年代前半に、木材の自由化が段階的にスタートし、近年は外国産材が安価で輸入され、国産材と比べ大量ロットで安定供給が可能なことから需要が高まり、輸入量が年々増加していくとともに、国産材の価値はどんどん落ち込んでいきます。

 

 そして、さらに、都市部では集合住宅(マンション)等が多く建てられ、いつしか森、そして木は都市部の人たちから遠い存在になってしまいました。


林業として見てみると、日本の林業産出額は1980年 1兆1582億円をピークに減少し、2012年には3917億円の▲65%減、林業従事者は、1980年の14.6万人から2012年には5.1万人の▲65%減と、木材自給率は、1980年の約90%から2012年には約28%と3割を切り、日本の森林を育て守ってくれている林業という一次産業は、衰退の一途をたどっています。

 

日本は国土面積の67%が森林と世界でも有数な森林大国でありながら、木材自給率は約3割弱と低く、7割強を外国から輸入しているという、おかしな構造になっているのが今の林業の現状です。

 

日本はとても豊かな森林国家であり、木に関わる文化を持ち継承されてきました。

そして、拡大造林政策によって植林された人工林が成長し、現在は、森林蓄積は量的に充実した時期に入っています。

森・木をはぐくむために生まれる国産の木材を、出来るだけ多くの人が活用することが望まれ、特に都市部の人が木材の活用、利用に取り組む時期に来ているのではないでしょうか。


きとぷらすは、枕、サシェ、木の壁など、『木』のデザインに取り組み、日本の安心安全な木を日常生活に取り入れることを目指します

※林野庁「木材自給表」より

きとぷらすは、枕、サシェ、木の壁など、『木』のデザインに取り組み、日本の安心安全な木を日常生活に取り入れることを目指します